2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« ベトナム旅行 五日目ホーチミン最後の夜 | トップページ | 熊野古道ウォーク第四回(3月20日)後半 »

2013年3月28日 (木)

熊野古道ウォーク第四回(3月20日)前半

三月二十日、熊野古道ウオーク第四回に参加してきました。

週末の週間予報では『曇り時々晴れ』とあり、喜んでいたのですが、なんと雨っぽい予報にチェンジ❢

いつものようにJR奈良からツアーバスに乗車。

今回も、主人は「踵が痛い」と言うことでキャンセル。 いつになったら行くのでしょうかね(笑)

奈良発は、各回4日ツアーが予定されてます。 今日の参加者は何と22名。 

少しづつ減っていきます。 でも今日は特別?お彼岸だから…?

ゆったりと一人で二人分の座席を占領できました。

この度は、いつも途中休憩に立ち寄る紀ノ川SAで探したいものがあります。

前回同じツアーにいらした迫力あふれる女性グループが両手に抱えるほど買っていたパン。

私とあろう者が気後れして、どこのなんというパンか尋ねそびれてしまいました。

Img_1077 多分これっ❢ 『コーヒーランド』 

いい香りに溢れかえった焼き立てパン屋さんで【売り上げ No.1】の札付き。    5本入りで420円です。

バスの中でいい匂いと戦いながら更に一時間ほど。 いつもの『古道歩きの里ちかつゆ』に到着。

大阪・京都組を抑えて一番乗りの奈良チームとして、さっさと出発せねばなりません。

Img_0973 で、いつものようにバスの中でお弁当。

いつも何か和歌山を感じさせるものが入ってます。 今回は鮪の炊き込みご飯。 

更にバスで出発地点の『発心門王子』へ。 

今回は上皇が通った中辺路ルートから分岐した『赤木越』を行きます。 

7.1km高低差290m ゴールは 湯の峰温泉。  残念ながら日帰りの私達はspaは見るだけで入れませんcrying

Img_0974 Img_0975

少数ですが、二つにグループ分け。  我がグループ担当の語り部さんは、色白の女性です。 

細い道です。 左手は崖。 一列になっても語り部さんの話が聞こえる、嬉しい少人数です。

Img_0977 ちょっとだけ急な道でしたが、じきに一息camera

10分ほどで『猪鼻王子』址に到着。  傍のお地蔵さまが可愛いです。

Img_0980  Img_0981

江戸時代になると、熊野詣より西国巡りが主流となっていったため、王子社は荒れ始めました。

そのため紀州徳川のお殿様がせめて跡地の印だけでも…と建てられた石碑です。

というわけで、石はこの地のものではなく、和歌山産の緑泥片岩だそうです。

Img_0982 緩やかな登りが続きます。

船玉神社。 お隣には玉姫稲荷が鎮座。 海の神様龍神さんとお狐さんのツーショットheart04

Img_0983  Img_0984

崖の下の方にあったであろう音無川を渡ります。 Img_0991 いよいよ赤木越。

最初は九十九折りの急な上り階段。 階段と言っても木の根や石ころ・落ち葉で大変。

植物に詳しい方が教えて下さいました。 咲きかけてる黒文字の花(ピンボケ申し訳ありません)

Img_0993  Img_0994

出発時パラパラっと雨が落ちてきましたが、今は大丈夫… でも相変わらずのどんより曇り空。

九十九折れの急な登りの階段上の道を行きます。 木の根や石ころ、落ち葉。 足元要注意。

またまたピンぼけ写真 <m(__)m> Img_0996 寒葵、岐阜蝶の食草です。

少し平らになってきました。 驚いたことに、こんなややこしい所にも集落があったそうです。

Img_0999 木々が生えてますがここにも民家があったそうです。

時宗の開祖一遍上人も所謂お接待(お茶や軽食を差し上げるボランティア)を受けられたとか。

何故かこちら一帯の方は家を除いた跡に木を植えられます。 そのため集落の跡地も森になってます。

この付近から尾根道に入ります。 楽チンです。

Img_1008 赤木越え… つまり赤松… と言うことは松茸…

そうなんです、ここら辺は松茸が採れるのです。 今でも松茸名人がこぞってやってくるそうな lovely

でも凄~い急斜面で、とてもとてもはいれません、おりれません、命がけ?

      Img_1006  Img_1039 

尾根だけあって、木がきれると視界が開けます。 相変わらずどんより、泣き出しそうな空です。

そんなところでやまびこ体験。 お決まりの「ヤッホー」に男性的な声で応えてくれました。

Img_1010 ルンルンと進むと『鍋割地蔵』と遭遇。

「一遍上人の従者が昼飯を炊いていたところ鍋の水がなくなり割れてしまった」という伝承が残され、

この辺りを『鍋荒峠』と呼んでいたそうです。 勿論一遍さんは怒ることなく叱ることなく… 

でもこの後で、先ほどの集落でお接待受けられたのですから、御利益?人徳? 

というわけでお地蔵さんの名は、この古事から名づけられたそうです。

Img_1017 この辺から道が狭くなり、下りが増えてきます。

「左右深い谷にして…一里半…もっとも一騎うちの道にして馬足の通い無し水一滴無し」

と、元禄時代の郷土史に記されてるように、幅の狭い急斜面が怖い要注意地帯です。

ひたすら足下ばかり見ながらてってこてってこshoe shoe shoe shoe shoe shoe shoe shoe  雨でなくってよかった(ホッ)

今度は、小さな小さなお大師さんです。 高さ23cm石造りです。 ほんに可愛らしいこと。

Img_1023 Img_1026

すぐ傍には『柿原茶屋跡』  背後には大きな椿が赤い花咲かせてました。 小高い地にはお地蔵さん。

Img_1029 生活の中に自然と信仰が寄り添ってるのを感じます。

極めつけsign03    Img_1033_2 うひょぅ~、落ちたくな~いsweat01

木にひっかかるとはいえ、間違っても滑っていきたくないところです。 

写真なんか撮ってる場合ではありません。

流石にこんなところでは見つけませんでしたが、時々細道との分岐点があります。 

たいていはとっても細くって、【けものみち】みたいで、素人が進むような道ではありません。

どうも窪野村(現久保野)に行く道で、今や松茸名人がやってくる道らしい。 

Img_1028  それでもややこしそうなところにはこんな立札がたってます。 

Img_1040 その昔にも間違える人が多かったのでしょうね。

湯の峰の方向を示す指が彫られた珍しい道標がありました(高さ57cm )。

「安政二夘 / ユノミ子 / か平」の銘が残ってます。 湯の峰の『ね』が『子』になってるのに時代を感じます。

地元のかへいさんが石を持ってきて作ったのか、自然石で作られてます。 運ぶの大変だったろうに…sweat01sweat01 

さぁ後もう少し。 雨が降ってくる前に最後の岩道その名も『地獄坂』を歩き終えたいものです。

« ベトナム旅行 五日目ホーチミン最後の夜 | トップページ | 熊野古道ウォーク第四回(3月20日)後半 »

おでかけ」カテゴリの記事

コメント

 久しぶりの熊野古道、
 お待ちしておりました。

 昔はどんなところにも人が住んでいたんですね~。
 もっとも、山越えの道ですから、
 お休み処を提供したりの需要もあったのでしょうね。
 
 松茸!!、となれば、
 多少の危険はなんのその、という人はどこにでもいらっしゃいますね。
 
 滑りやすい木の根に、急斜面。
 スリルのおまけつきで、飽きさせませんね。
 歩いてみた~い!

 こういう道で雨にあいたくありませんよね。
 お天気はもったのでしょうか?
 続きがたのしみです。

ようさん、いつも御訪問ありがとうございます。
殆ど一列行進だったため、ゆっくりカメラを構えてる暇ありませんでした。
足元注意せねばならず、カメラ出してる余裕もありませんでした。
それにしても、相変わらずのカメラワークにしょげております。
でも、ようさんのように植物に詳しい方がいらしたので、楽しみは倍増。
おなじ山歩きでも世界が広がった感じがします。
もっとゆっくりお話を伺いたかったのですが、残念。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ベトナム旅行 五日目ホーチミン最後の夜 | トップページ | 熊野古道ウォーク第四回(3月20日)後半 »