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2013年7月15日 (月)

熊野古道ウォーク第八回:一日目(7月7日)part 1

七月七日、七夕さん。  前回のウォークからわずか10日、もう次のウォークです。

今回は奈良発の都合がつかず、京都発の便になりました。  

当然見知った顔もなく…  前回の一致団結メンバーは皆無のはず… ちょっと淋しい weep

でも前回と打って変わっていい御天気。  notes notes で熊野に向かいました。

順不同ながらも、中辺路(ロイヤルコース、滝尻王子~熊野本宮大社)を制覇し、いよいよ仕上げです。 

今回は熊野速玉大社、次回に熊野那智大社を参ったら、熊野詣もパーフェクトsign03

流石京都、大都会です、バスにぎっちり40名のツアー。  一人参加が多いようです、しかも妙齢の男性。

Img_0194                                     

とか言っていたら、怪しげな雲が…

やはり山ですね、どうなるか分かりません。

リュックには雨具入れておかないと…

いつものように紀ノ川サービスエリアで一服、

古道歩きの里・ちかつゆに立ち寄ります。

お弁当を移動中のバス内で頂き、

12時半頃に熊野速玉大社(新宮市)近くに到着。

                                                                                    昔は熊野本宮大社参詣後、熊野川を舟で下ってこちらへきたそうです。  現代の我らはバス bus で移動。

今日の行程は、ほとんど市街地(田舎ではありますが…)。  舗装道路を歩くそうです。

それにしても復旧作業は遅々としてます。  採っても掬っても次々と流れてくる土砂に無力を感じます。

Img_0196_2 Img_0201 すっごい青空 sign03

昨日雨降った所から泥色の水がやってきます。  かたやいつもの碧い水が注ぎこんできます。  

贅沢なもので、これだけいいお天気だと、今度はアスファルトからの照り返しが心配になって来ました。

バスを降りてすぐに見えてきたのが神倉山山上にある『神倉神社』、熊野速玉大社の飛地境内摂社です。

Img_0202_2右手の大きな巨岩群がゴトビキ岩と呼ばれてる御神体。

ゴトビキとはヒキガエルのことだそうです。

そう言えばそう見える…?

あそこまで上るんだぁ~と、ちょっと腰が引けました。

「今回は時間がないので…」といわれると、なんだか残念。

  Img_0208

ふもとにあるのは猿田彦神社と神倉三宝荒神社です。 ここを左手に進むと、神倉神社の赤い鳥居。

Img_0214 Img_0212

鎌倉積みの急な石段。 上まで538段。  古いのでがたがたです。  

ちょっとだけ上ってみることにしました。  最初のカーブあたりから見下ろすと右の写真の如し。

ここを毎年2月6日の夜、松明持った白装束の男たちが駆け下りるのです(お燈祭り)。

登るのはやぶさかではありませんが、この後のウォークに差障りがあるのかもしれませんね。

Img_0220小さな川沿いに熊野速玉大社に向かいます。

このあたりはお寺が多かった、いわゆる寺町。

でも今や引退組が多く、この『妙心寺』も…。

数々のお寺の名残をみながら、お話伺いながら、

アスファルトの道を、トレッキングシューズはいて、

リュック背負って、杖もてあましながら歩きます。

暑い、熱~い。

上からも下からも…  陰が欲しいぃ~sweat01

『本廣寺』にある茶道江戸千家の流祖である川上不白(宗雪)が先祖供養のタメに造営した一字一石経塚。

妙法蓮華経を一文字ずつ書き写した69384個の小石が大きな壷に入れられて奉納されてるそうです。

     Img_0227  Img_0228

その上に『書写妙法蓮華経印塔』を建てています。  経塚の造営形態を知る事ができる貴重な遺跡だとか。

Img_0233                                                                                                                                                                                                                                                   

『瑞泉寺(大寺)』

こちらには、1685年から1955年まで、

町の人々に時刻を知らせていた『大寺の梵鐘』が、

右手の白壁の小塔の中に、昔のままの姿でいるそうです。

このあたりの町名は別当屋敷町。

熊野三山の社務を統括する熊野別当の居宅があった所

その住まいの跡はもうありません。                                                                 

                                                                                                                                                      お寺が散在する住宅に囲まれた通りの正面に、緑濃い一角が見えてきました。 

そこが『熊野速玉大社』  新宮駅から西にたった1kmの市街地で後ろは山、右には熊野川。

Img_0238_3                                          
                                        
                                                                                                                                                                                                                                       
                                                                                                                                         

 

 

『熊野速玉大社』は意外や意外、こじんまりとしてます。                                           

熊野別当の本拠がおかれた新宮の地にあることからも

特別な地位を占めていたと聞いてます。                                             

熊野本宮大社や大斎原を見てきただけに

あまりに普通なので、びっくりです。

『下馬橋』の脇の石の社号標、その向こうに『大鳥居』。

名は大鳥居ですが、こちらも普通の大きさ。

ちっとも大きくない。

最初は、ここが正面とは思えなかったほどです。                    

                                                                                                     橋を渡ると、神社の聖域。  石畳を進みます。

                                                                                                                             表参道右手に、『八咫烏神社』(右)と 『鑰宮 手力男神社(カギノミヤ タヂカラオ)』(左)があります。

Img_0240_2 Img_0243

そして御神木『なぎの大樹』  樹齢約1000年、幹周り6m、高さ20mのわが国最大のなぎの木です。

その横に『熊野早玉大社参詣曼荼羅』 矢印は那智の滝、 矢印は神倉神社のお燈祭

   Img_0241_2

矢印は熊野速玉大社例大祭である御舟祭り(10月16日)が執り行われる熊野川にある御船島。

この絵のように緑生い茂る島だったのですが、先だっての台風で木々は押し倒され、今は禿山の様相。

矢印は始皇帝の命により不老不死の霊薬を求めて熊野地方にやってきた『徐福』さん。

天台烏薬という薬草を発見しましたが、秦に帰らずこの地を安住の地とし、農業の指導に当たったそうです。

この徐福伝説、どこかでも聞いたような…  あちこちにあるみたいですね。  

ここ熊野でも愛され続けてる徐福さんって、ある意味すごい lovely

今日私たちが行く道は、左下の山越え(高野坂)です。 海辺の道です。 

Img_0246_2                                         
                                        
                             さすがに拝殿は広い、大きい。

一番立派なのが第二殿(速玉宮)で

速玉大神が祀られてます。

手前に第一殿結宮に主祭神の結(夫須美)

速玉大神は男神、結大神は女神。

ということで夫婦神と考えられ、

別名をそれぞれイザナギノミコト、

イザナミノミコトとされてます。

以前は同じ社殿に祀られていたそうです。

お参りして、すっかり厄を払いきって、気持ちよく出発です。

Img_0247


写真の角度が悪くって申し訳ありません。

通り過ぎてからの説明だったので、

まったく camera の準備ができてませんでした <m(__)m>

梅干とかお土産用菓子を並べて、川船のポスター貼ってるお店。

なんと折りたたみ式のお店『川原屋(カワラヤ)』なのです。

川原で商売してる方たちが使っていたもの。

新宮高校の生徒さんが復元なさったそうです。

熊野川は、熊野詣の船が行き来する商売上の要所なれど、

雨が続けば、洪水にもなる、水害の多いところ。

ナイスアイデアですね。

新宮城(丹鶴城)跡の横を通ります。 お城はなく、公園になってるそうです。

紀勢本線。 単線❢ Img_0252 どう考えてもお城の下走ってる気がします。

Img_0253


すぐ其処に国道が走ってるはず。

そんな市街地ですが、見上げれば…

トンビかな?

木にとまってるトンビを見るのは初めてです。

超超拡大写真。

 

歩いている道路からは熊野川は見えませんが、 私達は川に平行に進み河口に向かってるようです。

もう一か所『阿須賀(アスカ)神社』に寄ったら、いよいよ高野坂。

漸く緑に囲まれた土の道を歩く事が出来ます。

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コメント

 夏らしい、涼しげなお色のお着物姿の次には
 山支度での熊野詣で。
 七変化のパンジー様ですね。
 行ったところが登場すると、そうそう、そうそう、と
 拝見しながら頷いています。
 私も夏でしたので暑かった、暑かったsweat01
 車移動の身でさえそうでしたから、
 暑さのほど、お察しいたします。
 緑の中の土の道が待ち遠しいですね。

前回とは正反対。素晴らしい青空です。
でも悲しいかな?この時期、お天気が良ければ気温はグングン上昇、、、、
拝見している私まで、汗をかきそうです。
本当に炎天下の中、よく歩かれました。
アスファルトの暑さは耐えられませんね、、、、。
もう後一息???がんばれーですね。^^

ようさん、好奇心がなせる技とはいえ、次の準備・次の用意と追われて、
なにがなんだか分からなくなる時あります (;;;´Д`)ゝ
熊のは、ホントに暑うございました(笑)
でも仲間と語らい(ぶつぶつ文句含む)ながらなので、何とか歩きとおせました。
横を通り過ぎる車の方達には、異様な光景だったのでは… (笑)
雨がふりゃぁ文句言い、晴れたらまた文句言い… 文句の多い旅です。
これではなかなか修行も懺悔も成り立ちませんね。
感謝の心を忘れずに…  でも暑かった

ニャンさん、車窓から青空をみた時には滅茶苦茶喜んだものです。
一歩外に出ると…トホホホの暑さ。
覚悟していたとは言うものの、アスファルトは想定外。
ゴール(?)後のビールと温泉が、私の足を前に押してくれました(笑)
応援ありがとうございます。
これを糧に頑張らないと…❢

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