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2013年12月17日 (火)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part1)

昨夜の期待を裏切らず、本日も晴れsun

朝から結構暖かい、やはり地中海性気候。

ホテルから5分程バスに揺られると、スプリットの旧市街に到着。

目の前にはクルーズ船、それ程大きくはありません。 アドリア海クルーズってところでしょうか?

Img_1629_2  Img_1633

そして横手には、ヨーロッパでは見慣れてる城壁に砦。  と思いきや、何だか妙…???

こんな具合に長~い城壁が海岸に面して建ってるのですが…  (右端の四角注が上の写真の砦です) 

Img_1734 Img_1636

よ~くご覧ください(写真が悪いのはお許しくだされ <m(__)m>)   一階の部分がお店になってるんです。

これ、ローマ時代の遺跡ですよ❢  ディオクレチアヌスもビックリのアイディアflair

この通りは、『リヴァ』とよばれてるプロムナードで、ローマ時代は海でした。

当時のディオクレティアヌス宮殿の図面 (海が南)    

☟           見にくくってごめんなさい <m(__)m>

Img_1637

手前の南西)が皇帝の居住区、黄色⇒は謁見室、

その上に八角形の屋根(緑⇐)は霊廟(現大聖堂)、柱廊(ペリスティル青⇒)を抜けると事務棟(北東)です。

紫矢印は、海の玄関口だった『青銅の門』から時計回りに、『鉄の門』(西)、『金の門』(北)、『銀の門』(東)。

この南北215m・東西180mの宮殿を、厚さ2m・高さ20mの壁が囲んでます。

ディオクレティアヌス宮殿は、皇帝の死後、一度荒廃してしまいました。

7世紀、異民族の襲撃を逃れるため、近郊のサロナの人々が、この頑強な城壁内に避難してきました。

そして彼らが棲みつき、宮殿の基礎部分はそのままにして、その上に建物を造っていったのです。 

今はプロムナードに面してる『青銅の門』(南)から中に入ると、宮殿地下入口があります。

皇帝の邸宅部分の地下層は、中世に入ると、倉庫やワインの貯蔵所・オリーブオイル製造所として活躍。

更に都市化が進むとゴミ捨て場になったりもしましたが、壊されることなく現在にいたってます。

地上と地下は同じ構造を持ってるので、地下を見ることで、ローマ時代の宮殿の姿を想像できるのです。

Img_1649 地下地図

地下は博物館にもなってますが、展示品はそれほどありません。  この半円を描くレンガが美しい。

Img_1641_2 Img_1644 Img_1648

これらの窓から明かりを採るためでしょうか、吹き抜けになってるところもありました。

井戸の跡や、エジプトから運ばれたスフィンクス(首が切り落とされてます)、馬鹿でかい貨幣(複製)

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☟オリーブオイルを作っていた器械です。   木の棒はなくなってますが、なるほどネッsign01 

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Img_1671_2  ☟ローマ時代の柱

Img_1657_2右はごみです☞

天井の穴(一階の床下の穴)から落とされた生ごみetc

500年~1000年かけて土に帰り、今や遺跡を支えてます。 

世界広しといえど、大勢の観光客の写真に収められる生ごみって、そうありませんよね coldsweats01

外へ出ると、中央のペリスティル広場。 12本のコリント式の柱列が見事。 

皇帝が、領土のエジプトから運ばせた大理石が使われてます。

スフィンクスは12体あるそうですが、唯一首の残ってるスフィンクス(ルクソールよりお持ち帰り)がこの脇に。 

中央4本の柱の部分が、皇帝住居の玄関です。 

Img_1675 Img_1678

玄関に立って振り返ると、目の前に細い路地が見えます。 直進すれば、宮殿主門『金の門』(北向き)。

右手には鐘楼がそびえ立ってます。  こちらには後で行くことにし、まずは皇帝気分で自宅(?)へ。

Img_1679玄関ホールのモザイクが施された天蓋は既になく、ぽっかりと青空。

『クラパ』という男声合唱の歌声に暫し足を止めて…

Img_1681 CD販売あり

さらに南へ、皇帝のプライベートゾーンに侵入。

お散歩しながら、海を眺めていたのでしょうか?  今は人々の生活の場、洗濯物が干されてます。

Img_1683 Img_1684 Img_1686

白壁のブーゲンビリアに青い空、そして鐘楼。  鐘楼の右が皇帝の霊廟だったところで今は大聖堂。

その大聖堂に向かいます。  中は写真撮影禁止でした。

もともとディオクレアヌス皇帝の霊廟として建てられてものゆえ、さして広くはありません。

キリスト教徒をさんざん痛めつけた皇帝ですから、313年にキリスト教が公認された後も憎まれてました。

そのせい(?)、8世紀に霊廟が大聖堂に作り替えられる際、彼の遺体はアドリア海に投棄されたとか…

遺体はいまだ行方不明なので、真実は闇の中です。

金色に輝く宝物殿を覗き、今度は地下に向かいます。

Img_1687『クリプト』と呼ばれる地下礼拝堂です。

聖ルチア(サンタ・ルチア)が祀られてます。

彼女はイタリア・シラクサの殉教聖女で、

目を患っている人の守護聖人でもあります。

最近老眼が進んでる身。

迷わず、御賽銭(?)置いてお祈り致しました。

入口が狭いので全容を収めることができません。

8本のコリント式の柱で支えてる基礎もこれで精いっぱい。

次に向かった先は、洗礼室。  元は、皇帝が最高神ユピテルを祀るために建てた神殿です。

Img_1692 Img_1695 Img_1694

正面は、イヴァン・メシュトロヴィッチ作の洗礼者ヨハネの像。

手前は十字形の洗礼盤で、中世クロアチア王国の国王のレリーフを見ることができました。

天井の模様が…weep   クロアチアの伝統模様で、ネクタイのデザインにも利用されてるそうです。

この洗礼室とお隣の建物の間には、通称『「私を通して」通り』があります。

☟ 現地ガイドさん曰く、「世界一狭い道路」、宮殿一狭いのは本当です。 大丈夫、みんな通れましたよsign01

Img_1690_2 Img_1698 Img_1700_3

他の道は広いんですよ、だってすれ違えますから…coldsweats01   石壁に挟まれ、出窓まであるから窮屈そうsign03

でもなんだか好奇心くすぐられてしまいます。 

主門の『金の門』から外に出ます。

外からの眺めは如何かしら?

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旅行」カテゴリの記事

コメント


旅行会社を教えていただき ありがとうございました。
私もドロミテに旅行した時に 同じプランを利用しましたが、たしかに自由時間も多く、
少人数で のんびり良い旅をしました。

沢山の写真を整理しながらアップしてくださるので 旅の内容がよくわかり、
旅行会社がこのブログを貸してほしいと思われるのではないでしょうか?
説明も本当に よくメモされているのでしょう、 詳しい内容に 感心します。

ブログを拝見するたびに 絶対にここには行きたいと思うばかりです。

shinmamaさん、何時もダラダラ長ったらしいブログになって申し訳ないと思ってます。
でも私個人の日記兼記録なものですから、どれも捨てがたく…
喜んで頂けると嬉しいのですが、メモもいい加減で、判読不能も…(笑)
写真は撮りたい、説明聞かなくっちゃ、メモしないと忘れるし… (-_-;)
間違っていたら教えてくださいね。
時間的余裕・素敵なお宿・その土地の美味しいお料理の3ポイントを重視してます。
shinmamaさんのように、自分で自分の旅行を企画できるようになりたいものです。

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