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2013年12月

2013年12月30日 (月)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月15日 part2)

哀しい歴史を背負ってる賑やかで陽気なエリアを後にします。

バスで30分程。 『EUROPA WEST』は料理学校もしてるそうで、接客の勉強中の僕達がはにかみながら…

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ナプキンを畳むのも彼らの仕事。 一生懸命です。

でもまだまだ初心者マーク、フロアマスター?親分?先生?にチェックされつつ… でも初々しくって heart04

野菜のクリームスープ、温まります。        仔牛のケバブ二種&サラダ、やはりトルコですね❢   

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そしてなんとサプライズsign01スルーガイドのブランコさんの誕生日birthday   赤ワインで何度目かの乾杯wineshine

ツアー最年長のお母様(多分80過ぎです)に、皆の健康と長寿を祝ってケーキカットして頂きました。

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デザートは蜜柑。 お皿にデ~ンと出てくるところがおかしい。  私は後々の為にお持ち帰り coldsweats01

お味の方は、この国の成長と同じくらいで、クロアチアやスロベニアに比べると洗練度が低いです。

でもあの戦争の跡を垣間見た私としては、「頑張れ❢」と応援できるお味でした。

外へ出ると雨 rain  やはり持ちこたえられませんでした。

ありがたい事に今日の観光はこれでお終い。  不幸中の幸いです。

これからドブロブニクまで142km 再び bus dash

ネレトバ川沿いに走ります。 車窓には戦争で破壊されたままの建物の痛ましい景色。

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30分程で、ムスリム人(イスラム教徒)が数多く住む長閑で小さなポチテリュ村に到着。

Img_1929運がいい、雨が止んでます。

ここは、16世紀~17世紀にかけてのオスマン建築が

数多く残っている美しい景観の村として有名。

キャラバンサライで栄えた村で、村を囲む城壁や

シンボルのモスクが、トルコのような街並を作ってます

平和そうな静かな村ですが、あの紛争の際には、

クロアチア人武装勢力による襲撃を受け、

イスラム教徒の村人達は虐殺という民族浄化の的にも…

再び bus dash  デルタ地帯を抜け、国境越えてクロアチアへ、そして再びボスニア・ヘルツェゴビナへ…

ボスニア・ヘルツェゴビナ唯一の港町ネウムに到着です。

ネウムは、この国が持つ距離にしてわずか10kmのアドリア海岸にある街。。

北も南もクロアチア、海に浮かぶ島もクロアチア。 そして背後に控えるはディナル・アルプス。

よって山向こうの隣街には、クロアチア経由の迂回路を行かねばなりません。

クロアチアにしても、一大観光地ドブロブニクに行くにはこの街を通らねばなりません。

ネウムは観光バスの休憩ポイントでもあり、小さなスーパーには日本や韓国の国旗も飾られてました。

Img_1947車窓で気になった、青いペンキ付の道路標識をここでも発見。

道標ですが、青ペンキで何かを消してます。

どうもキリル文字を抹殺してるようです。

一番上の「スプリット」のキリル文字表示は、高くって届かなかったのかな?

Img_1951そして遠くには大きな十字架も…

あらゆるところで民族闘争、宗教間の争い…

そんな傷跡が見られます。

静かな町なのに…

根深いんですね shock

Img_1946小さなスーパーは、大勢の観光客で一杯です。

あまりに観光客御用達なので、興味がわきません。

でもクロアチアに比べ、物価が3割ほど安くなるのでお得❢

製塩で有名なストンの塩やクロアチアのチョコレートを

買う人が多いようです。

今日は、イタリア語?ラテン系の言葉が多いようですが、

時折、英語も聞こえてきます。

コーヒー頂きながら、クロアチア領の島や半島を眺めます。

今クロアチアは、飛び地(ストンやドブロブニクのあるエリア)から北に延びるペリェシャツ半島と本土を

橋(ペリェシャツ大橋・全長2374m)で結び、高速道路を通す計画を遂行中です。

そうなれば、この街ネウムが廃れるのは火を見るより明らか。

easy な検閲とはいえ、なくなると便利は便利ですよね。

再びクロアチアに入り、牡蠣で有名なストン湾の養殖筏を車窓から眺めながら、ドブロブニクへ。

やがて港の見えるオンブラ川の河口につきました。  橋を渡り小高い丘の向こうがドブロブニク旧市街。  

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この橋は2002年に開通したトゥジマン橋。 この518mの橋のお陰で、ドブロブニクまで45分も短縮。

以前は左写真の橋の手前の道を川に沿って上流(左)へぐるっと回って行かねばなりませんでした。

湾奥に見えるのはグルージュ港でしょうか? ドブロブニクと他の都市と結ぶフェリーの発着所です。

では再び、アドリア海の真珠と言われる旧市街に向けて出発sign03

2013年12月28日 (土)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月15日 part1)

スプリットからドブロブニクに行く途中、ちょっとだけボスニア・ヘルツェゴヴィナを通過します。

折角国境越えするんだから(?)と、この国の世界遺産の町モスタルにも立ち寄ってくれる嬉しいツアーです。

Img_1836                                          

今日のお天気は、もう一つのようです。

出発時の気温は19度でしたが、

内陸に向かうので、これ以上は期待できません。

スプリットから157km bus dash dash

車窓には岩肌の山が連なってます。

岩山の上には、時々要塞が見られます。

オスマントルコの進軍を阻止するためのもの。

途中休憩をはさんで、国境へ。

小さな小さな審査所で、ツアーゆえ?日本人故?難なく通過です。

Img_1839モスタルはボスニア・ヘルツェゴヴィナ南部の中心都市。

街の名前は、橋の守り人を意味するボスニア語だそう。

今日から4日間、『イサクの犠牲祭』です。

お墓参りの為のお花も売られてます。

このお向かいには公園の様な墓地があり、

写真が飾られてるのですが、

若い青年の顔が多く見られます。

皆さん、戦争で亡くなられたんですね sweat02

Img_1842_2手を合わせに(?)お見えになられてる方々…

お父さん?お母さん?御姉妹?

御兄弟が少ないのは…

明るい公園なのに、綺麗な花々が哀しい。

クロアチアやスロベニアでは、戦争の跡も復興の勢いに見え隠れ…

でもここでは、まざまざと…                            

こんな破壊された建物・瓦礫が、観光地すぐ傍に放置状態。

国力の差でしょうか、貧しさを感じます。

其れでも一歩観光地に入ると、ビックリするほど元気です。

数少ない外貨獲得できる産業なんでしょうね。

「ここはトルコ?」というような場所を横目に、『トルコの家』に❢

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辺りは静かで人気なし。

でもこの家は観光客で

一杯です。

小石を敷き詰めた中庭。

一階は事務所みたい…

公開されてません。

木の階段で二階に。

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トルコ絨毯の敷かれた居間や応接間。  六角形のテーブルがお洒落です。 水煙草の道具も。 

徳利のような物が置かれてるテーブルは、コーヒーカップを温める火鉢で蓋がされてます。

右のお部屋は、ネレトヴァ川に面しており、崖にせり出したように高さ14mの柱で支えられてるそうです。

窓からの景色はすばらしく…   (何故か写真がない… weep

次々とやってくる観光客に席を譲らねばなりません、 慌ててシャッター切りながら…  でも皆さん親切。

Img_1858上左の写真のお部屋から下を見ると、先程の中庭。

もう次のグループがお待ちかねです。

トルコを感じたいと思ってる方には、物足りないかも。

でもここヨーロッパに、トルコがあると思うと興味深い。

窓下を流れていたネレトヴァ川を挟んで

こちら側(東)はムスリム人、西はクロアチア人と、

住み分けができていたそうです。

上手に仲良く…だったんですね。

今度は今日の目玉sign01『スタリ―・モスト』に向かいます。

またもや大砲による大きな穴を見かけました。  コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤの尖塔も見えます。

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今日は犠牲祭の儀式があるので、残念ながら拝観できません。 

トルコ的な帽子や服、ストールが並んでるお店が軒並み。  そんな観光客の賑うバザールを通りました。 

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演歌みたいなトルコ音楽があちこちから聞こえてきます。 犠牲祭で人々も浮かれ気分?爆竹も響きます。 

  Img_1872 Img_1878

スタリ・モスト(古い橋)、英国では単に OLD BRIDGE というそうです(英国人が教えてくれました)。

つるつるの石で坂になってます。 滑り止めが付いてるとは言え、雨だと怖いかも…

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橋からネレトヴァ川の左手(西)はクロアチア人側ですが、モスクの尖塔が一本見えます。

右の写真左端ぎりぎりに写ってるのが『トルコの家』かも…?  川の緑が綺麗でした。

モスク(コスキ・メフメッド・パシナ・ジャーミヤ)から手前に延びる建物群は、先程のお土産物通りです。

Img_1897写真スポットを求め、橋を渡り河原におりました。

背景が青空でないのでぼんやりしますが、

代表的建造物の橋とあの長い名前のモスクが

同時に収められる場所です。

みんな橋を背景にポーズとってます。

「早くしてくれぇ~」と、ひとり者の僻み…sign02

水面からの高さ約20m、長さ29mの石橋。

1566年にオスマン朝支配下の時に造られました。

橋脚のないアーチ状の橋は見た目にも美しいです。

橋の勾配は緩やかに見えますが、結構急なんですよ。

肝試しにここから飛び込む方もいらっしゃるらしい。

夜間はライトアップされてるそうです。

綺麗でしょうね、拝見できないのが残念です。

ところで、この河原には大きな石がごろごろ。

Img_1901_2橋から見下ろした時の河原。 ネッ、大きな建材だったと思われるような石。

実は、この橋に使われていたものなんです。

この橋は、1991年に始まったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のさなか、

1993年11月に砲撃を受け崩落。

1999年からユネスコの協力を得て当時と同じ石を使って修復、2004年に復元。

翌年、世界遺産に登録されました。 

いまや、平和と復興のシンボルです。

 

上に戻り、今日観光客が唯一拝観できるモスク『タバチツァ・モスク』に向かいます。

Img_1886クロアチア人居住地区側にもかかわらずそびえたつミナレット。

実は革職人さん専用のモスクなのです。

皮を取り扱う方達はどうしても臭いが染み付き、「臭い」ということで…

お向かいにはサウナの跡(今は一般住居)

Img_1888 見覚えのある屋根が覗いてます。

こじんまりとしてますが、綺麗な装飾が施されてます。 屋根や女性用二階席も素朴な味わいがあります。

Img_1893 Img_1894

今日はここしか開いていないせいもあり(?)、次々と観光客が訪れてきます。

私達もそろそろお暇せねば。  そしてちょっとブラブラしてから、お昼を頂きに出かけることに。

2013年12月25日 (水)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part5)

Img_1818                                           

 

再び、ディオクレティアヌス宮殿に続いていた水道橋を

車窓に見ながら、スプリットのホテルに戻ります。

四時過ぎですが、まだ23度。

いい気候です。

「明日もまた…」と祈りつつ…

                                                                                                                          
                                                                       部屋で一服後、ホテルの近くにあるスーパーに行くことにしました。

昨日、近くまで行って、何となく雰囲気はチェック済み。  

広いショッピングモールですが、興味は地下の食料品売り場。

ベーコンの塊、サラミ系のソーセージの種類、なんだかわけのわからないくらい長いソーセージ lovely

Img_1824 Img_1825 Img_1821

Img_1819_2食文化の違いがおもしろい。  

野菜・果物類には、驚くほどの違いは感じませんでした。

残念ながら、お魚は見当たらず?見つけられず…  

流石にチーズの種類が、やたらめったら豊富 sign01

しかも大きな塊で、デsign04ン・ ド sign04

みんなどんな風に使い分けしてるのかな?

こちらの方にとってチーズって、日本人とお味噌に相当するのかな?

きょろきょろ eye    お店の方は遠巻きにジロジロ coldsweats01

Img_2512添乗員さんに教えて頂いた調味料『VEGETA』を見つけました。

一番小さいサイズ(150g)をお買い上げ。

説明書きは、HR(クロアチア)、BiH(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)、

SLO(スロヴェニア)、MNE(モンテネグロ)、SRB(セルビア)、MK(マケドニア)

アルファベットも違うのでちんぷんかんぷん。

「野菜炒めに使うといい」とのこと故、帰国後早速試してみました。

洋風野菜ベース味付け顆粒出汁の素といった感じ。

野菜スープに使っても美味しかったです。

今夜はホテルのレストランでお食事です。                                                     

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ちょっと気取った感じのテーブルです。

私達もちょっと胸張って…

お洒落な感じに、白ワインを…

私はボトルだけを撮りたかったのですが、

嬉しそうにポーズをとってくれた彼に「NO❢」とも言えず…

クリス松村に似てません?

笑いがこみあげて、ぶれてしまいました(笑)

ホウレン草のスープ(単なる緑色の液体なので、写真はカット)

メインはイカのグリル with ブリドバ(野菜のくたくた炒め)   いつものようにサラダとパン

Img_1830 Img_1831

デザートはアイスクリーム on フルーツサラダ。

明日はちょっと早い出発(八時)、いよいよドブロヴニクに向かいます。

「ドブロヴニクならこのホテル。 ホテルからの景色を楽しむなら、ここでないと…」

そう御当地の方がおっしゃる『HOTEL EXCELSOR』での三連泊。

今夜は、荷物詰めて、夜遊びなしで寝ることにしましょう sleepy

2013年12月23日 (月)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part4)

バスで30分弱走って、紀元前3世紀に古代ギリシア人が作った植民都市が起源という街、トロギールに到着。

クロアチア本土とチオヴォ島との間にある、東西約700m・南北300mの小さな島です。

港を中心に、13世紀から15世紀に経済的に発展しました。

それでトロギールの人達は、防衛のために城壁を築き、本土との間の運河には橋を架けなかったそうです。

Img_1816_2今はこの橋で繋がってるので、徒歩 ok

この街は、ローマ帝国以外にも

ヴェネチア共和国やハプスブルク家の

支配を受けました。

サラセン人に征服され破壊されたり、

独立戦争で痛めつけられたり…。

そのたびに再生・復興。

1997年、ユネスコ世界遺産の

文化遺産に登録されました。

この橋を渡ると、17世紀に造られた北門。

Img_1756門上には12世紀の司教で守護聖人のイヴァン・ウルスィニさん。

門は、外敵が一気に入り込めないよう、小さく作られてます。

背後に見える高い塔は、聖ロブロ大聖堂の鐘楼。

街中は、細くてややこしそうな道ばかり。 楽しみも多そう lovely

Img_1757 Img_1758

旧市街は、建物がギュ~ッとなって建っていて、その間を縫う道の幅は狭くって薄暗い。

雨水などが家の中に流れ込みにくいように、石畳の中央が排水路になってます。

路地裏のような道を進んでいくと、パァ~っと目の前が開けます。 

ヴェネチア風の窓やバルコニーのある建物の前を通って、イヴァン・パヴァオ・ドゥルギ広場に。

正面には時計塔、左手にはルネサンス様式の市庁舎(15世紀)。  

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そして聖ロブロ大聖堂もこの広場に面してます。

Img_1763_2 ☜正面

トロギールを代表する建物です。Img_1784_2

13世紀初めに建築開始、完成は17世紀。

鐘楼各階の窓のデザインが違ってるのが、素人目にも分かります

二階はアーチの先が尖ったゴシック様式、

その上はヴェネチアン・ゴシック様式(15世紀半ば完成)、

1605年完成の最上階は、

後期ルネッサンスのマニエリスムの影響がみられるらしい…・・・・・???

只今修復中の教会部分はロマネスク様式。

(☝ 時計塔から見た側面です)   

Img_1766正門はロマネスク様式。

マスター・ラドヴァンの作品(13世紀)。                                        

半円の部分には、イエスの誕生の彫刻。

其れを取り囲むように、イエスの生涯。

向かって右にアダムさん、左はイヴさん。

そして二人の足元には、

ヴェネチア聖マルコのシンボルの獅子。

そのひとつ内側の柱には、聖人や使徒。

一番内側の柱には、

12宮それぞれの月の生活風景。

でも未完だそうです。

これらの柱を一番下には異教の民。

キリスト教勝利をアピールしてるらしい。

ひとつひとつ丁寧に見てると、

とっても時間がかかりそうです。

いくらゆっくり旅行でもそこまでは無理。

 

 

イヴさんの足元にいる獅子は子羊を抱える羊を、アダムさんの方の獅子はドラゴンを抑えてます。

Img_1770jpg Img_1768jpg

どうみても、ドラゴンではなくってトカゲです coldsweats01                                         

                                                                                               Img_1775

 

中に入ると正面に、聖イヴァン礼拝堂。                                     

初代トロギール司教で守護聖人であるイヴァン・ウルスィニの石棺。

天井から逆さになって顔を出してるのが、イヴァンさんです。

何だかお茶目で、石棺のおかれてる礼拝堂って気がしません。

天井の彫刻も見事でした。

15世紀の彫刻家ニコラ・フィレンティナッツの作品です。

天井近くの半円には、聖母マリアの戴冠場面が彫られてました。

 

 

Img_1774身廊の奥の主祭壇はすっぽりぴったり後陣のくぼみに。

主祭壇の台の上には、八角形の天蓋。

身廊中央にはキリストが描かれた巨大な十字架。

ブラジュ・ユリェブ・トロギラニンさんの作品だとか。

手前の赤い十字型のシャンデリアは、

やはりヴェネチアンガラスなんでしょうね。

Img_1778

主祭壇脇には宝物室。  トロギールの町の模型を持つイヴァン(銀製)や彼の聖遺物等、きらびやかshine

外へ出ます。   今も毎日時を告げる時計塔の下は聖セバスチャン教会です。  

この教会もニコラ・フィレンティナッツさんの手によるものです(1477年?)。

Img_1787 Img_1788_2 右隣のロッジア。

かつての集会場です。  でも会議や裁判などにも利用されていたそうですよ。   

正面のレリーフは、国を守るためにオスマントルコと戦ったベリスラヴィッチ総督です。

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広場から再び、細い路地を南に進むと、南門に。

丁度額縁に縁取られような景色。

ここを出ると、島を縦断したことになります。

門出て振り返ると…  鐘楼がみえます。

Img_1791

世の中が明るくなった感じです。

写真左端に見えるのは『カメルレンゴの砦』、15世紀にヴェネチア人によって建て替えられたもの。

当時、ヴェネチアの支配に対するトロギール市民の反乱が、頻繁におこったようです。

そのためヴェネチア人は、外敵からだけでなく、そういった市民からも身を守らねばならなかったのです。

                                                                                            
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反対側には、チオヴォ島に渡るチヴォ橋が見えます。 車がひっきりなしに通っていきます。

ここでフリータイム。 あの砦も気になりますが、やはりここは鐘楼に登らねば…街を見渡す絶好の場所。

Img_1780

大聖堂に戻り、早速鐘楼の登り口に行きます。  

さっきの大聖堂の入場したことを言えば大丈夫との事。

いつもの様に狭い段差のきつい急な階段が覗いてます。

その戸口には誰もいません。  クロアチア語(?)と英語の貼り紙sign01

「何があっても私達は感知致しません。 自己責任でどうぞ。」

というような事が書かれてる…気がする…                                                   

 

最初は両サイド石壁の狭い空間ですが、やがて空洞の中…すっごく怖い。 今までで一番怖い。

Img_1805 Img_1807

手摺があるというものの、穴に近づく感じで近づきたくない。 どこからでも落ちること可  shock

当然途中での写真撮影の余裕なし。  何とかへっぴり腰で辿り着きました。 

                       Img_1801

Img_1802_2                   Img_1800_3


      ☝      
   北    

   bell

   南
   ☟

 

                       Img_1804

下りるときはもっと怖い weep    見たくもない下を見なければなりません。 スコ~ンと下まで見えちゃいますsweat01

どうもカメルレンゴまで行く時間はなさそう。  東海岸を歩くことにしました。

先程とは反対側から見たチヴォ橋とその向こうのチオヴォ島。  

Img_1810 Img_1811 鐘楼の東に来ました。

鐘楼手前に、取り残されたような石壁がみえます。  聖ヨハネ教会だったかな?

Img_1815
暫し海風に吹かれたあと、大好きな迷路に再突入。

と言っても狭い街故、迷子にはなれそうにありません。

そろそろ集合時刻。

北門に戻ります。

この橋向こう、右手にバスターミナルがあります。

この長閑な運河?水路?が、防御の要だったんですね。

今は、戦争とは無縁な景色です。

 

2013年12月21日 (土)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part3)

お昼は宮殿からバスで5~6分程?  すぐ近くです。

海に面した眺めのいい『ADRIATIC』  人気歌手PETER GRASO のパパのお店…  私の存知あげないお方

wave fish wave   Img_1748_2 fish wave fish

気温24度の中、日差しを浴びてウロウロしたせいか、ビールbeer が恋しい lovely

ツナのパテと自家製パンGRASO                        カサゴのブロデッド、パンの器入り

Img_1742 Img_1743

鱸のファルクーシャ(ダルマチアの船の名)型包み焼き       パンナコッタ

Img_1744 Img_1746

お腹いっぱいになりました。

お腹も口も満足して、午後の部に出陣ですdash

2013年12月19日 (木)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part2)

金の門から外に出ました。

当時の大都市サロナに続く最も大事な表玄関。

Img_1704目の前に大きな銅像sign01

『クロアチア語の父』グルグール司教の像です。

10世紀教会でクロアチア語が使用禁止になったことに抗って、

クロアチア語で聖書を書いたお方です。

これもイヴァン・メシュトロヴィッチの作品。

左手に聖書を持ち右手で何か訴えるような勇ましい姿です。

左足の親指に触ると幸福になれるとか…早速 dash

Img_1705 先っちょだけ金ぴか。

ツアー仲間には、「欲張り❢」と、笑われております。  幸せとお金はいくらあってもいいのheart04

Img_1706                                                

グルグールの像から見た金の門です。

写真では分かり辛くって申し訳ないのですが、

二重の門になってます。

手前の門を突破しても次の門でストップ。

世界共通の知恵ですね。

そして、こんな城壁がず~っと続いてます。

この北側の城壁が、一番ローマ時代の面影を残してるそう

西に向かって進みます。 そして角を曲がると、またまた細い道 heart02  何だか嬉しくなっちゃいます。    

でも城壁内はややこしい迷路を体験できますが、壁沿いでは迷えそうにありません。 ちょっと迷いたい coldsweats01

Img_1707 Img_1710

両脇のウインドウを覗きながら進むと、広場に出ました。 ナロドニ広場。

ヴェネチア時代には、市庁舎(ローズ色の壁の右隣の建物)もあった政治の中心地でした。

この市庁舎の隣は『ミレシ宮殿』で、18世紀のバロック様式。

Img_1712この辺りはカフェが軒並み。

ヨーロッパみたいな広場です。                                                                       

おっと、失礼。

クロアチアもヨーロッパですねsign01

広場から時計塔が見えます。  

このすぐ右手が『鉄の門』。 壁に挟まれて窮屈そう❢

そして右手の元貴族の館『チプリアニス宮殿』の壁には

聖アントニウスの彫像が掘られてます。

小さいレリーフや彫像は、あちこちにあります。

最近ヨーロッパ続きに私には、珍しくもなくなってきました coldsweats01

更に南に進むと、『ブラチェ・ラディッチ広場』に出ます。

Img_1713以前は果物市場が開かれていたので、果物広場とも呼ばれます。

クロアチアの著名な文学者マルコ・マルリッチの像が建ってます。

       Img_1715
こちらもまた、イヴァン・メシュトロヴィッチの作品です。

宮殿外を西半分回ったことになります。 ここでフリー❢  

私は、気になる鐘楼に戻ります。  鉄の門からまっすぐ東に行けば中央のペリスティル広場に。

早速15knで入場。 いつものことながら狭い入口・狭い階段・キツイ段差。 スチールの階段になると楽。

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Img_1720_2                                               

13世紀から16世紀に作られた鐘楼。
                                      

高さ60m、173段ときいてます。

鐘がいくつも並んでます。

上からだとこんな感じ❢

風がはいってきて、気持ちいい。

漸く登りきりました。

360度、素晴らしい眺めが待ってました。

 

                    Img_1725                         

  
Img_1728jpg_4                                                         Img_1724jpg_2
                      
                                                                            
                         
                                                         

         北                
                                                                                     
                       
                             

 

 

  西     bell     東

 

 

         南                                                                                                                                                                                                        

                                                                                                                              
                                                    
                           

 

                    Img_1723jpg

Img_1708この後は、少し街をウロウロ。

大好きな迷子ごっこ…?

お店のショーウインドウの多くが、腰高窓風。

これは昔の名残りなんです。

昔はガラスは入っていませんでした。

窓の下の出っ張り(写真の赤矢印)は、カウンターの役目をしていました。

通りを行く人に物を売る際、ここでやりとりしていたそうです。

屋台みたいな感じだったんですね。

其れを上手に今風にアレンジしちゃってるわけです。                                                                                                                                                                      

Img_1733_2                                                                                                                                                                                                                                 
                                                      

グルグル回って、また鉄の門に来たようです。

それにしても人の多いこと。

観光客のみならず、ここにお住まいの方達も、お店の方も…

飽きない面白い街です。

せせこましい迷路を楽しんでるうちに、カフェに行く時間がなくなりました。

仕方ありません、取り敢えず集合場所目指してRivaへ。

                                                                Rivaを西に行った所が集合場所。 赤い建物が見えてきました。

 

Img_1735_2ネオ・ルネッサンス様式の『プロクラティヴ』

実は、コの字型なんです。

そして目の前は、ナポレオンが

ヴェネチアのサン・マルコ広場に似せて

作らせた広場『レプブリカ広場』です。

確かに似てますが、あの賑いはありません。

ナポレオンは完成を見ることなく失脚。

よって、工事もストップし、いまだに放置状態?

写真右に側面しか写ってない建物の窓は、殆ど未完だとか…

待ち合わせぎりぎりに集合場所に来たため、正面まで写真を撮りに行けなかったのです weep

今日は盛りだくさんの日。

お昼を頂いたら、ここから20kmほど西にある、もう一つの古都トロギールに行きます。

まずは腹ごしらえに、バスでレストランに向かいました。

2013年12月17日 (火)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月14日 part1)

昨夜の期待を裏切らず、本日も晴れsun

朝から結構暖かい、やはり地中海性気候。

ホテルから5分程バスに揺られると、スプリットの旧市街に到着。

目の前にはクルーズ船、それ程大きくはありません。 アドリア海クルーズってところでしょうか?

Img_1629_2  Img_1633

そして横手には、ヨーロッパでは見慣れてる城壁に砦。  と思いきや、何だか妙…???

こんな具合に長~い城壁が海岸に面して建ってるのですが…  (右端の四角注が上の写真の砦です) 

Img_1734 Img_1636

よ~くご覧ください(写真が悪いのはお許しくだされ <m(__)m>)   一階の部分がお店になってるんです。

これ、ローマ時代の遺跡ですよ❢  ディオクレチアヌスもビックリのアイディアflair

この通りは、『リヴァ』とよばれてるプロムナードで、ローマ時代は海でした。

当時のディオクレティアヌス宮殿の図面 (海が南)    

☟           見にくくってごめんなさい <m(__)m>

Img_1637

手前の南西)が皇帝の居住区、黄色⇒は謁見室、

その上に八角形の屋根(緑⇐)は霊廟(現大聖堂)、柱廊(ペリスティル青⇒)を抜けると事務棟(北東)です。

紫矢印は、海の玄関口だった『青銅の門』から時計回りに、『鉄の門』(西)、『金の門』(北)、『銀の門』(東)。

この南北215m・東西180mの宮殿を、厚さ2m・高さ20mの壁が囲んでます。

ディオクレティアヌス宮殿は、皇帝の死後、一度荒廃してしまいました。

7世紀、異民族の襲撃を逃れるため、近郊のサロナの人々が、この頑強な城壁内に避難してきました。

そして彼らが棲みつき、宮殿の基礎部分はそのままにして、その上に建物を造っていったのです。 

今はプロムナードに面してる『青銅の門』(南)から中に入ると、宮殿地下入口があります。

皇帝の邸宅部分の地下層は、中世に入ると、倉庫やワインの貯蔵所・オリーブオイル製造所として活躍。

更に都市化が進むとゴミ捨て場になったりもしましたが、壊されることなく現在にいたってます。

地上と地下は同じ構造を持ってるので、地下を見ることで、ローマ時代の宮殿の姿を想像できるのです。

Img_1649 地下地図

地下は博物館にもなってますが、展示品はそれほどありません。  この半円を描くレンガが美しい。

Img_1641_2 Img_1644 Img_1648

これらの窓から明かりを採るためでしょうか、吹き抜けになってるところもありました。

井戸の跡や、エジプトから運ばれたスフィンクス(首が切り落とされてます)、馬鹿でかい貨幣(複製)

Img_1650_2 Img_1659 Img_1656

☟オリーブオイルを作っていた器械です。   木の棒はなくなってますが、なるほどネッsign01 

Img_1663 Img_1664

Img_1671_2  ☟ローマ時代の柱

Img_1657_2右はごみです☞

天井の穴(一階の床下の穴)から落とされた生ごみetc

500年~1000年かけて土に帰り、今や遺跡を支えてます。 

世界広しといえど、大勢の観光客の写真に収められる生ごみって、そうありませんよね coldsweats01

外へ出ると、中央のペリスティル広場。 12本のコリント式の柱列が見事。 

皇帝が、領土のエジプトから運ばせた大理石が使われてます。

スフィンクスは12体あるそうですが、唯一首の残ってるスフィンクス(ルクソールよりお持ち帰り)がこの脇に。 

中央4本の柱の部分が、皇帝住居の玄関です。 

Img_1675 Img_1678

玄関に立って振り返ると、目の前に細い路地が見えます。 直進すれば、宮殿主門『金の門』(北向き)。

右手には鐘楼がそびえ立ってます。  こちらには後で行くことにし、まずは皇帝気分で自宅(?)へ。

Img_1679玄関ホールのモザイクが施された天蓋は既になく、ぽっかりと青空。

『クラパ』という男声合唱の歌声に暫し足を止めて…

Img_1681 CD販売あり

さらに南へ、皇帝のプライベートゾーンに侵入。

お散歩しながら、海を眺めていたのでしょうか?  今は人々の生活の場、洗濯物が干されてます。

Img_1683 Img_1684 Img_1686

白壁のブーゲンビリアに青い空、そして鐘楼。  鐘楼の右が皇帝の霊廟だったところで今は大聖堂。

その大聖堂に向かいます。  中は写真撮影禁止でした。

もともとディオクレアヌス皇帝の霊廟として建てられてものゆえ、さして広くはありません。

キリスト教徒をさんざん痛めつけた皇帝ですから、313年にキリスト教が公認された後も憎まれてました。

そのせい(?)、8世紀に霊廟が大聖堂に作り替えられる際、彼の遺体はアドリア海に投棄されたとか…

遺体はいまだ行方不明なので、真実は闇の中です。

金色に輝く宝物殿を覗き、今度は地下に向かいます。

Img_1687『クリプト』と呼ばれる地下礼拝堂です。

聖ルチア(サンタ・ルチア)が祀られてます。

彼女はイタリア・シラクサの殉教聖女で、

目を患っている人の守護聖人でもあります。

最近老眼が進んでる身。

迷わず、御賽銭(?)置いてお祈り致しました。

入口が狭いので全容を収めることができません。

8本のコリント式の柱で支えてる基礎もこれで精いっぱい。

次に向かった先は、洗礼室。  元は、皇帝が最高神ユピテルを祀るために建てた神殿です。

Img_1692 Img_1695 Img_1694

正面は、イヴァン・メシュトロヴィッチ作の洗礼者ヨハネの像。

手前は十字形の洗礼盤で、中世クロアチア王国の国王のレリーフを見ることができました。

天井の模様が…weep   クロアチアの伝統模様で、ネクタイのデザインにも利用されてるそうです。

この洗礼室とお隣の建物の間には、通称『「私を通して」通り』があります。

☟ 現地ガイドさん曰く、「世界一狭い道路」、宮殿一狭いのは本当です。 大丈夫、みんな通れましたよsign01

Img_1690_2 Img_1698 Img_1700_3

他の道は広いんですよ、だってすれ違えますから…coldsweats01   石壁に挟まれ、出窓まであるから窮屈そうsign03

でもなんだか好奇心くすぐられてしまいます。 

主門の『金の門』から外に出ます。

外からの眺めは如何かしら?

2013年12月11日 (水)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月13日 part3)

青空のもと海を見ながらの散歩はとても気持ちのいいものでした。

健康的にお腹がすいてきました。

早速バスでお昼のレストランに向かいます。

バスで10分弱? 海辺の『ZLATNA・RIBICA(金の魚)』。  窓からは繋留されてるボートが見えます。

背後にかすかに見える島は、クロアチアで一番低い島。 なんと海抜1m。 

Img_1594 Img_1597

海辺のレストラン、ナプキンも船の形に折られていて、おしゃれです。 

Img_1599 Img_1600

<蛸のサラダ with オイスター and ツナのパテ>      <手長海老のグリル>  

Img_1601デザートはアイスクリーム

レストラン入り口にたくさんの賞状が飾られてました。

Img_1603_2 (ほんの一部です)

でも確か、お料理関係の賞ではなかった…

レストラン協会仲間のサッカーだったか釣りだったか…???

お調理もそこそこ程度、美味しかったですよ。 雰囲気も良かったし、ワインも very good heart04

昼食後は、87km南のスプリットに向かって、アドリア海岸沿いを走ります。 bus dash

途中、プリモシュテンという小島の町が展望できる所に立ち寄りました。

  Img_1610

オスマン帝国に占領されていた当時は、防壁によって守られていた小さな島でした。

本土とは跳ね橋で結ばれてるだけだったのですが、、オスマン帝国撤退後、土手道に置き換わり陸続きに。

1564年に、クロアチア語で「架ける」等を意味するprimostitiに因んで、プリモシュテンと名付けられました。

たしか、most には「橋」の意味があったはずです。

車窓に古式豊かな遺跡が見えます。  水道橋です。

  Img_1615_2

ローマ皇帝デイオクレティアヌスは、生存中に引退しました。 自らの意志で隠居したのは彼が最初です。

引退後、故郷サロナ(現在のSolinソリン)にほど近い宮殿(明日行くスプリットの宮殿)に移り住みました。

その宮殿に水を引くために作られた水道橋の一部です。   

ヨーロッパ、どこに行ってもローマ帝国の遺跡が見られます。  

ホントに大きかったんですね、規模も国土も支配も影響力も…   改めて感心します。

じきにスプリットのホテルに到着。 近代的なホテルで、内装もモダンです。

夕食はバスで10分程? 住宅街っぽいところ、マンションと思しき建物の一階にある『BOBAN』

ホテル同様、こちらもモダンな雰囲気です。

Img_1623 Img_1624

前菜は<海老のマリネ>   メインはビーフと聞いてるので、赤ワインで乾杯 wine

Img_1626 Img_1627

ダルマチア名物の<パスティツァーダ>は、ビーフの赤ワイン煮込みのこと。  ここでもおジャガさん❢

Img_1628 デザートは<パンケーキのアイスクリーム包み>

テラスで月を見ながら酔いざまし。  明日のお天気もよさそうです。

2013年12月 9日 (月)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月13日 part2)

シベニク旧市街東南ハズレに到着。 目の前に聖フランシスコ教会。 

教会横の公園にモダンなガラス張り建物が… 図書館だそうです。

Img_1536 Img_1537

あれれれれれぇ~up 昔の城壁がこの近代的な建物と一体化してます。  

確かにその分、新しい壁作らなくってもいいし…省エネと言えば省エネ、エコと言えばecoですが…coldsweats02

Img_1538図書館のすぐ傍にハプスブルグ帝国時代に建てられた劇場がありました。

左の写真右端の旗の出てる建物です。劇場正面撮影忘れたみたいcoldsweats01

Img_1539                                       

(☜は建物横)

劇場前は何にもない広場で、

閑散としてました。

やはり町はずれですね。

旧市街中心に向かうと、

次第に賑やかに。                                                                                                     

ヨーロッパでよく見かける石畳の狭い路地。  そしてあちこちに狭い階段を見かけます。

Img_1540 Img_1542 Img_1543

今私達は、ヴェネチア貴族の家が残る「下の街」を歩いています。

シベニクの街は傾斜地にあり、庶民が住むのは「上の街」。  石段があちこちにあるのもうなずけます。

そして、「エッ、こんなとこに?」というような狭いところでカフェやレストランと出会います。

Img_1544                                                        

劇場あたりからず~っと見かけてる、この丸い街灯。

この街灯は世界初の電気によって灯されたものなんです。

クルカ川に作られた水力発電所のおかげで、

1895年からシベニクの街に電気が供給されました。

(アメリカのナイアガラフォールにあるアダムス発電所が、

世界で最初に操業したそうですが、街への供給は遅かったそうな…

ザグレブで御紹介したテスラさんとエジソンさんの電流戦争の話を

思い出してしまいました)                                          

                                                                                                                                                 
Img_1546何だと思われます?   ワンちゃんの水飲み場なんですよ。 

Img_1547_2                              

ここにもありました。

こちらには、何やら彫られてますよ。

『AMOR D’GANI』かな?

愛しい我が犬の為のものでしょうか?

猫ちゃんはあまり見かけんせん。

日本だと、お魚求めて波止場辺り、

港近くをウロウロしてるのにね。                                                                                 

ちょっと広い所に出ました。 聖バルバラ教会前です。

Img_1550教会の鐘楼は修理中の様です。

15世紀に建てられたゴシック様式の教会。

壁の時計が面白いんです。 でもこの時刻だとあまり変に感じない…

Img_1551_2御覧のように24時間時計。

シベニク最古の時計ですが、現役。

只今11時49分❢

15世紀に建立の聖イヴァン教会の

鐘楼から移設されたものです。

不自然な位置なのはそのため?

細い道を抜けると、市庁舎や世界遺産の聖ヤコブ大聖堂に囲まれたレプブリカ広場にでます。

Img_1553こちら、現在は市庁舎として利用されてますが、

ヴェネチア共和国時代の市議会の建物で、

9つのアーチのルネッサンス様式。

一階はカフェになってます。

背後には斜面に沿って造られた家並み。

細い路地や石段で迷路のように繋がってます。

気になる階段です、路地です。

子供たちが元気に走り回ってます。

このお向かいに聖ヤコブ大聖堂の北側の壁があります。

1432年から100年以上かかって建造された大聖堂です。 

建材に木やレンガを一切使用しない石造建築の教会としては世界一の大きさ。

最初はゴシック様式だったのですが、ユライ・ダルマティナツによりルネッサンス様式に変更されました。

四角い台の上に八角形のドームが載ってます。 1991年、内戦で爆破されましたが、その後修復。

そして晴れて、2000年に世界遺産として登録されました。

   Img_1554_2_2

左のオレンジ枠の中には人の顔が。  ダルマティナツの作品です。

Img_1558_2  Img_1559_3

 
     
     
 Img_1557
71人もの人の頭部が刻み込まれてますが、

この人たちの素性は不明。 

当時の市民達というのが有力説。

Img_1587_2                             

 

赤四角で示した部分には、

教会には珍しい人面彫刻。

犬やライオンといった動物も登場。

壁中央の白い丸は、ブロンズ製の『ライオンのドア』  

Img_1563
ユーモラスな顔したライオンの頭上には、

向かって左側にはアダム、

向かって右側にはイヴが立ってます。

いつ見ても、教会の獅子には

怖さがありません。

狛犬のような魔除けの意味合いは

ないのかもしれませんね。

ドア周囲の捻じれ飴のような彫刻が美しい。

このあたり建物下部は、ゴシック式です。

ここから左手に回ると、正門(西向き)。

正門前の広場には、大聖堂を見上げるダルマティナツの像が立ってます。

最大の功労者ダルマティナツは、この大聖堂の完成をみることなくこの世を去りました。

彼の死後、建築家ニコラ・フィオレンティナツが後を引き継ぎ、ドーム屋根やファサードが完成したのです。

Img_1577

それにしてもこんなユネスコ世界遺産のすぐそばに、

たくさんの洗濯物が翻ってます。

なんだか生活の息吹を感じ、大聖堂が後生大事な御宝ではなく、

私達と共に歩いてる気がしてなりません。

Img_1579                                

彼の像を背にすると、

眼の前に海が…。

気持ちのいい天気。

海風が気持ちいい。

 

 

 

             ところで正門の写真がない… coldsweats02   ライオンのドアの方がインパクト強かったので… coldsweats01  

中に入ると、ゴシック式のアーチとルネッサンスの丸屋根のコラボが一目瞭然。  

Img_1565_2 Img_1569_2正門上のバラ窓

  
Img_1567_2                                                    

建物最後部の主祭壇。

ここはバロック様式。

建物完成後、1640年に主祭壇は置かれたそうです。

祭壇画はよく見えなかったのですが、

1635年に城壁に現れたという『涙の聖母』が描かれてるとか。

主祭壇の上部が修復中のカバーで覆われていました。

ヨーロッパは何処に行っても、修復中がおおいです。

古いんですから仕方ないのですが、工事している人を見かけません。

財政困難? 人手・技術者不足?  

この祭壇右手に下に下りていく階段があります。

Img_1575洗礼所です。

可愛い天使が、洗礼盤を支えてます。

みんな顔や表情が違うんですよ。

見上げると、見事な天井。

この精緻な三位一体のレリーフは、

ダルマティナツとフィオレンティナツによる共作。

Img_1572 絶句、綺麗shine  

Img_1576_2                                                                                                              
                                               

昔、教会には「善き者」のみしか入れませんでした。

つまり信者さんのみ。  

観光客(その頃いたとしたら…)は勿論、洗礼前の子供も入れません。

したがって主祭壇横の階段下りてこちらの洗礼所には行けません。

洗礼を受ける人の為の入り口は、

洗礼所南側(先ほどの階段下りて右手)にあります。

洗礼後さっきの階段登って神の前に行って祈りを捧げる…ということらしい。

それにしても素晴らしい彫刻でした。

大聖堂拝見した後は、短いですが自由時間。

レプブリカ広場の市庁舎わきに気になる階段がありました。 迷路みたいな階段と路地の街の探検に foot

登って突き当たる。 曲ってまた昇る… 石段を見降ろすとこんな感じ。  足腰弱い方には大変街です。 

Img_1583_2 Img_1584_2 Img_1585

塔が見えます。 鐘楼みたい… ウロウロして何とか近くまで行ったのですが、カフェになってました。

致し方なく戻って、今度はこちらをくぐって…  先の見えないグネグネ曲った細い路地ばかり。

でもどこからでもさっきの広場には戻れそうです。  

シベニクの北に建てられた『聖ミカエル要塞』からだと、この街が一望できるらしい。 でもちょっと遠い。

「ミカエル要塞➡」の表示を見かけ途中まで行きましたが、残念やはり時間切れ。

急いで、でも適当に下に下にと降りていきます。  無事広場で仲間と合流。  とても面白い街❢

聖ヤコブ大聖堂正門前の広場から海岸沿いの道におりました。

☟ 見上げると、先ほど行きそこなったミカエル要塞が見えます。  なんか工事してるみたいです。

Img_1591_2 Img_1592_3

茶色い平たい屋根はシベニク市立博物館。  ヴェネツィア時代の邸宅を利用してるそうです ☝

その屋根越しには大聖堂のドームが見えます。

この歩道わきに 面白いものを発見 eye

Img_1593_2 
ワンちゃんの絵❢  そして赤いビニール袋。

何とワンちゃんの排泄物処理用の袋だそうです。

持参し忘れた方用なんでしょうね。

水飲み場といいこちらの袋といい…

 
この辺りで野良犬は見かけません。  みんなお行儀のいい家族の一員のようです。

風と太陽を楽しみながら海岸線を散歩し、バスに戻りました。

2013年12月 5日 (木)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月13日 part1)

sun 七時半、青空に絶句。  飛行機雲が気持ちいい。  現在の気温は8℃  

Img_1509_2 Img_1512_2

こんな青空残して出発せねばならないのがちぃ~っと悔しい coldsweats02

今日は188km離れたアドリア海に面してる街シベニクに行きます。

Img_1513 Img_1514

やはり山の中、朝靄が立ち込めてます。    山越えすると霧も晴れ、再び青空が見えてきました。

車窓の景色が次々に変わっていきます。    山の木々が減り、岩山に。 

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途中、ドライブインで休憩。  フレッシュジュースが頂けるheart04  体中の血が綺麗になった気分です。

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お総菜やパンなど、美味しそうなものが並んでます。  ここで朝食頂きたかったかも…

気温が上がってきてます、18℃❢  更に1時間ほどで再び下車。 

パーキングエリア内の展望所に向かいます

湖の奥にローマ時代に築かれた要塞を背後にしたヨットハーバーが見えます。

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クルカ川がアドリア海にそそぐ入り江の奥にある街、スクラディンです。

川上にはクルカ国立公園があります。 前日のプリトヴィツェ同様カルストの造形が楽しめるそうです。

そしてこの街はちょっと行きにくいこともあり、今やセレブ達の隠れリゾート地になってるそうですよ。 

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反対側にはクルカ橋。

アドリア海に向かって進む船が一艘。

足元は岩山です。

お天気のせいもあるでしょうが、

さすが地中海気候、気温がどんどん上がって23度。

カーディガン腰に巻きつけ、袖捲し上げ…

今朝の寒さは一体何だったの?

200kmも離れていないというのに…coldsweats02

目的の街シベニクまであと30分程です bus dash

2013年12月 1日 (日)

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月12日 part3)

電動のシャトルバス5分も乗ったでしょうか?  入口2に到着。

ここから徒歩です。 木立の中の遊歩道をすすみます。  

Img_1443_2いつの間にか青空が消えてます coldsweats02

下の方に湖が見えてきました。

そしてガスが出てきました。

なんとなく嫌~な予感が…

いけません、いけません、この予感を払拭しながら、

湖の見えるところへと、気持ち足が速まります。

林道の黄葉・紅葉もきれいです。

木々の隙間から次第に湖が大きく見えてきました。

奥がミラノヴァツ湖で、足元はガヴァノヴァツ湖…だと思うのですが…・・・・・  

                                          
                                             
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ガスっていてもきれいな水の色が見てとれます。  ほんとにお天気が恨めしいです。

Img_1450林道を進むと湖の反対側に下りていく階段がありました。

覗くと、深い深い穴に吸い込まれていくような…

中央やや上の方に見える赤い点は、どなたか下りていらっしゃる方。

この国立公園一帯は石灰質のカルスト台地。

石灰岩の溶食作用で生まれた洞窟が園内に点在してるそうです。

そのひとつ『シュブリャラ洞窟』の上に、今私は立ってるのです。

この垂直(?)の階段を下りていけばその奥行20mの洞窟に行けます。

今回は入口1経由のもっと緩やかな道で湖のほうへ降ります。

でもちょっと気になる階段です…

展望台がありました。  下の方に湖の間に架けられた遊歩道、そしてそこを行く人たちが見えます。  

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遊歩道左側がガヴァノヴァツ湖、右がカルジェロヴァツ湖。  これは確かですsign01

カメラが曇ってきます、こうなると「新しいカメラを買わなきゃいけないかなぁ~」と痛切に感じるのですが…

更に林道を進みます。 斜面の落ち葉の間から岩肌が見え隠れ。 木々の向こう遠くに滝が見えてきました。 

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ヴェリキ・スラップ(大滝)の愛称を持つプリトヴィッツェ滝です。

入口1で、一人(?)ホテルに戻られました。 残りの私達は、坂を下って湖の方へ下りていきます。

Img_1467坂の下、湖のほとりにはこんな看板が立ってます。

カルジェロヴァツ湖。 ↓でいる所を教えてくれてます。

この絵のように、ここの湖は階段状に並んでます。

湖から湖に流れ落ちる滝があちこちにできてるわけです。

まずは、この公園のシンボル『プリトヴィツェ大滝』に向かいます。

雨が落ちてきました。 早速レインコートを羽織ります。

カルジェロヴァツ湖とその下のノヴァコヴィツァ・ブロッド湖の間に架かってる木の遊歩道を進みます。

雨が激しくなってきました。 何故レインパンツを置いてきたのか…悔やまれます。

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彼の後、私もやけくそで傘もささずにこの台の上に登って記念撮影❢  写真の中の私はテルテル坊主。

森の中を蛇行するプリトヴィツェ川が高さ78mから流れ落ち、コラナ川と合流。  凄い水量ですsign03

カルジェロヴァツ湖に沿って上に向かって歩きます。

さらに先ほど展望台から見下ろした湖上の遊歩道を渡り、ガヴァノヴァツ湖に沿って進みます。

Img_1479水が綺麗です、エメラルドグリーン。

魚が泳いでます。

今回私達は行きませんが、標高の高いエリアの上湖群は

プランクトン濃度が高いので、もっと濃い緑色だそうです。

見てみたかった、ちょっと残念。

前泊したら、上下湖群を巡るロングルートも可能。

いいお天気なら最高のハイキングができそうです。

カメラレンズに水滴がつき始めました coldsweats02

Img_1486Img_1484滝のそばの岩盤に、何やら記念碑?

クロアチア人のソプラノ歌手、

ミルカ・トルニナさん。

1879年にザグレブで公演した時の収益金を

この国立公園の保護のために寄付したとか。

それで彼女の愛した滝のそばに、

そのプレートが貼られてるのです。

そして彼女が好んだこの階段状に早瀬の重なる滝に、

『ミルカ・トルニナ滝』の名がつけられました。

そしてこの上はミラノヴァツ湖。

さらに進むと、段上の湖から流れ落ちる幅広い滝に出会います。  ミラノヴァチュキ・スラップです。

公園内最大の湖(全長2.3km、最深46m)コジャク湖からミラノヴァツ湖にそそいでる滝です。

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この滝の上にかかる道を向こう岸に。 コジャク湖に沿って歩くと、遊覧ボート乗り場P3に到着。

このコジャク湖より高い所が、上湖群になります。 

ボート乗り場には、お土産物屋さんやカフェがありますが、雨宿りの人でもう中に入れませんweep

ズボンが濡れてちょっと冷たい… ボートが来るまで軒先で暫し待機。  

Img_1498P2での乗り換えると聞いておりましたが、

運よく、我らが目的地P1直通のボートですscissors

ボートからは真っ白い景色を眺めるのみ。

この湖に浮かぶ小さな島『シテフォニア』も煙ってます。

横から吹きこんでくる雨に晒されて、傘さしたいくらい。

ボートを下りたら一目散でホテルに向かいます。

ガイドさん曰く心臓破りの階段を登ってdash

3軒しかない公園内のホテルに泊れたことに感謝です。

挨拶もそこそこに、部屋に戻り、温かいお風呂に浸かってホッと一息です。  

【教訓】いつ天気が変わるか知れないので傘同様レインスーツは必ず持参すること❢

さっぱりすっきりしてホテル内レストランでの夕食に向かいます。

公園内のホテル故、何も期待しておりません。 デザイン性の低いホテルですが、設備に不満はありません。

当然食事にも期待してません。 私もほぼスッピンでカジュアルな格好で臨むのですから文句言えません。

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温かい魚のスープが身に沁みます。  でも冷たいビールで乾杯  coldsweats01

メインは名物ますのグリル、尾頭付き❢ 付け合わせのシロ菜がべちゃこいのはいつものこと。

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いつもの様に美味しいポテトに満足。     デザートはくるみのケーキでした。

熊野古道9回コースを歩いた時も、3回警報の中でした。  完全に<傘要らず女>は廃業です crying

明日からはアドリア海に面した街の観光。

お天気が良ければ、気温もグ~ンと上がるそうです。   ちょっと期待しながら、濡れたものの後始末。

有難いことに靴の中は濡れてません。 ズボンもトレッキング用の速乾性だったのでもう大丈夫。

万全の対策だったのに、何故にレインパンツを置いて行ったのか…  まだしつこく後悔中です sign03

スロベニアとクロアチアの魅力を訪ねて… (10月12日 part2)

今晩のホテル同様、お昼のレストランもプリトビチェ湖群国立公園内にあります。

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Img_1427_3自然を大切に残しながらも

手入れはばっちり。                             

大きなキノコ一家を見つけました。

食べられるのかな?

それにしても良く育ってます。

あちこちにキノコは見かけますが、

これだけ大きいのはちょっとない。                           

Img_1430_2野生のシクラメンが、

あちこち咲いてます。

花も小さく可憐。

日本の菫みたいに

静かにそっと…

        

レストラン『POLJANA(草原の意)』の、温かい日差しの差し込むテーブルでお食事。        

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パスタ入りのビーフコンソメスープ。  そして当然ビールはさっき通ってきたカルロヴァッツ製カルロヴァチコ。

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子牛のペカ(鉄鍋で蒸し焼き)&ポテトとサラダ、デザートはクリームケーキ。

この黄色いジャガイモがまたまた美味しかった。 お肉はこんなもんかな?  

ケーキは懐かしい感じ。 昔のクリスマスケーキとかBirthdayケーキってこんな味だった…

窓から見える、次第に広がる青空に気を良くしながら、楽しく食事を終えました。

先ほどのシクラメン咲く木々の中を、落ち葉踏みしめホテルに行きました。

余分な荷物は部屋に。 一応レインウエアの上衣だけ持参。  傘はどうしようかな?  気分は上々です。

Img_1440公園内はエコロジーバス(電動)で移動できます。

Img_1441_3こんな熊さんマーク。

ホテルのエレベーター横に、

デ~ンと熊の剥製がありましたが、

ここをウロウロしてるのでしょうか?

出会わないことを祈りつつ…

ホテルのすぐ近くに入口2がありますが、バスで入口1へ。

瀧は川下から見た方が見やすいからかな?

Img_2488_2大小16の湖と92ヵ所の滝があります。

ウオーキング後、歩いた所を

ガイドマップでcheck しました。

なんと、ピンクで囲んだ部分の、

そのまた一部を歩いたにすぎません。

あますことなく堪能しようとすると、

6~8時間を要するそうです。

でも何とかいけそう。

トライしたいです、もう一度。

☟この□部分を拡大

Img_2488_2_2はホテル

ST2から電動バスでST1まで緑線を行きます。

そこからは徒歩で遊歩道赤線を入口1に向かって行きます。

この遊歩道からも湖や滝の景色を眺めることができます。

足に自信のない方は、入口1からバスでホテルに戻ります。

ほかのひとはそのまま湖目指して下りていきます。

P3からは電動ボートで湖遊覧。 P2経由でホテル近くのP1に戻ります。

これで所要時間3~4時間との事。  

いいよ出発、運よくサ~ッとバスに乗れました。 notes shoe notesshoe notes shoe notes shoe notes shoe notes shoe notes shoe notes   

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