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2014年8月19日 (火)

初のクルーズ*五日目(7月30日)サハリン後半

〖サハリン州郷土史博物館〗へは、バスでなくても行けそうな距離、と思ったのは私だけかな?

明確な地図がないので何とも言えませんが、歩いたら直線で行けそうな感じでした。

Img_0343_2

Img_03441937年に樺太庁博物館として建てられました。

日本統治時代です。 日本風も頷けます。

帝冠様式(日本の城郭風の屋根を載せる)は、

当時流行りだったそうです。

入口の狛犬()は護国神社から移されたそう。

人気でモデルに大活躍

入口の戸には菊の御紋。  戸の裏側にも菊の御紋。  正面の階段を上の階(パンフレットでは1F )へ。

Img_0356 Img_0354

サハリンの自然史・考古学・先住民の文化・歴史等、他種多岐にわたるコレクションです。

ここでは女学生の様な御嬢さんが案内して下さいました。 

彼女は、説明はできるのですが、日本語での質疑応答は難しいようです。

おばちゃんたちの質問に窮すること甚だ多し、また日本語チェックに戸惑ってました。

主人は、「そんな難しい事聞かんでも…」と、ひたすら彼女をかばってました(笑)

トナカイファミリーにヒグマさん。 他にも毛皮に使われるマスクラットや大きなサハリンイトウも。

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説明書きがすべてロシア語のみなので、彼女の説明を聞き逃すとさっぱり分からなくなってしまいます。

細かい質問されたくないのか、緊張しているのか、彼女の足取りも早め。  じっくり拝見しにくい状況です。

ましてや写真は、通りすがりにシャッターを押すのが精いっぱい。  申し訳ありません。

☟鮭の皮で作られた鎧       着るとこんな感じ☟            ☟御存知、アイヌの服です

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☟ヴィルタ(オロッコ)族のお守り             ☟サモワール         ☟バラライカ

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元々の住民たちの生活用品、ロシア人入植者の住居、移民達の室内、戦争関係の展示品等々。

興味深い物も多く、自分のペースで自分の見たい物をゆっくりじっくり見られなかったのが残念です。

「日ソ国境標石」を見たいと思っていたのですが、見当たらず、パンフレットにも載っておらず…

再燃してる北方領土問題で、プーチンさんが隠したのかな?なんて一人ブツブツ…

せめて日本から写真でも持ってきてれば、彼女に聞くこともできたのに…と後悔・反省。

Img_0357r_2館内にはエスカレーターの施設がありません。

足の不自由な方は拝観する事が難しく、

庭園をお散歩なさったそうです。

「とても素敵なお庭だった」とおっしゃってらっしゃいました。

なんでも結婚式の記念撮影に使われるような綺麗なお庭らしい。

と聞くと、行きたくなってしまいます。

かえすがえすも、時間がないのが残念。

☜入口の案内板(勿論、ロシア語のみ)

中央下の十字のような所が博物館。

その下の丸いのが、最初に御紹介した噴水。

バスに戻ると柵越しに戦車が見えました。                                                  

Img_0358多分上の案内図の左端の黒丸辺り。

戦後残存していた日本の戦車を限りなく本物に近く

復元したものだそうです。

子供たちが乗って遊んでます。

記念撮影しているロシア人一家。

手を振ると笑って応えてくれました。

この光景を、「平和な光景」ととるか、

「日本を足蹴にしてる」ととるか…

すぐ横に石碑らしきものがありました。よく見ると日本語…

Img_0359r写真では解りませんね、<m(__)m>

「樺太神社参道○本○明治44年時ノ標

  ○○事務官中川○十○氏、衆人敬慕○……云々、

 昭和10年○月23日高橋弥太郎建之」と読めました。

後で調べたところ、日本統治下のサハリンにも当然神社があり、

その創立の中心人物だった中川小十郎さんのことのようです。

その功績をたたえた石碑が、きっと神社の一角にあったのでしょう。

今はもう、樺太神社の建物は宝物殿のみだそうです。

それもいたずら書きやごみで見る影もないとか…

御参りする人もいないのですから、当たり前と言えば当たり前。

でも、日本人としてなんだか哀しくなる話です。

戦争は勝っても負けても悲劇をうみます。  何とか平和的な解決ができないものでしょうかsign03

今度は「アイスカレン(氷の宮殿)に行く」とのこと。

「そんな話、聞いてないなぁ~。でも面白そう。」と期待しておりました。

着いた先は、新しいけど殺風景で活気のない大きな建物。  何とアイスアリーナです penguin penguin penguin

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Img_0364まだ未完で、使えません。

勿論、氷も張られてません。

綺麗な新しい建物ゆえ、トイレも新しい。

清潔好きな日本人の為に、トイレを借りに来た…

というわけです。

でもちょっとアリーナを覗かせてもらえましたscissors

フィギアスケート、スピードスケート、アイスホッケー

国家レベルで応援してるんでしょうね。

小高い所にあるので、駐車場から町が見降ろせます。  

まだまだこれからの町のようで、アパートやビルに負けず、あちこちにクレーンが空に伸びてます。

バスでコルサコフの港に戻ります。

今日は小さなボートに乗るしバスでも揺られるし…と思い、酔い止めを飲んでおきました。

そのお陰で、帰りのボートが結構横ゆれしても気分悪くなる事無くすみました。

やはりこの船はでかい❢   窓ガラス越しでピンボケですが、乗船する入口が見えました。

Img_0367 Img_0368

男性が手を差し伸べてくれるのですが、そんな親切になれてない私は、いつも「えいやぁ~」です(笑)

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コメント

サハリンと聞くと読むと私の心の奥底に、浪漫的な旅情心が沸き立ちます。
何故でしょう?
ず~っと以前、宗谷岬の地に立った時、この先にサハリンがあるんだ、お天気さえよければ、見られるはず、、、
でも、この時は、吹雪いておりまして、見ることが出来ませんでした、、、。
そのサハリンの地をパンジー様のブログで拝見でき、感激しております。

知床半島、海から見たことがありませんが、海からしか感じることが出来ない知床の魅力を
何時かこの目で見てみたいです。^^

前回のコメント(返信)を拝見し、我が夫と似ていらっしゃる・・・と思いました。
そして、同じ思いでお過ごしのパッジー様に尚更の事、親しみを感じました。(笑)

 ロシアにしては異国風・・・と思いましたら、
 なるほどねぇsign01
 日本統治時代の建物が、よく博物館として残っていましたね。
 狛犬なんて、壊されてしまいそうな気がしますのに。

 日本人としては複雑な感情が交錯しますね。

 短い時間で忙しい拝観の合間に
 よくぞ頑張ってお写真撮ってくださいました。
 なかなか拝見できない、貴重なお写真です。
 
 

ニャンさん、私も学生の頃宗谷岬に立ちました。
そしてその先にある見えないサハリンを夢見ました。
行ってみれば…ですが、やはり行かないと解らない…
ところでニャンさんのご主人様もですか… 笑っちゃいけないけど、ほんに親近感倍増です。
ズ~ッと以前、芸能界でも有名なおしどり夫婦の渡辺裕之&原日出子さんが、
「如何にお互い理解してるか」とテストされてる番組を見ました。
「今パートナーが望んでる事は?」に御二人とも「旅」とお答えになり、「さすが」と感心。
ところが、彼は「二人で…」彼女は「一人旅」に、膝叩いて笑っちゃいました。
必死で、「あなたが嫌ってわけじゃぁないのよ」と弁明する彼女にとすねてる彼。
いづくも女性陣の気持ちは同じ…と納得した次第。
それにしても我が亭主殿は、ややこしい(笑)

ようさん、サハリンの方々が日本人をどう思ってるかは計りしれません。
歴史的な事をもう少し把握しておけばよかったかな?
こうやって大型クルーズ船が日本人を運んできたら、今後もっと活気出るかもしれません。
資源豊富な地ですから、日本も仲良くしていきたいですしね。
それにしても英語表記すらないのには戸惑いました。
数年したら、ロシア語・日本語・英語が書かれていたりして…
政治的な事はさておき、人間同士、友好関係を維持できたらいいなぁ~っと思いました。

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