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2017年5月27日 (土)

開田高原から飛騨高山へ(5月16日)partⅢ

江戸時代、飛騨は徳川幕府の直轄地になってから、代官や郡代がこの<高山陣屋>で政務を行いました。

明治維新後も、主要建物がそのまま役所として使用され続けたため、全国で唯一現存する郡代役所となりました。

そしてこれを保存するするため、数回の復元修理を行い、江戸時代の姿がほぼ甦った次第です。

入り口で、ボランティアガイドさんがいることを知りました。   どうせなら…と、お願いしてみると運よく scissors

ガイドさんの案内付だと、見学に一時間ほどかかるとのことですが、時間はあります scissors

P5252474真下が入り口<表門>。  まっすぐ行くと<御役所玄関>

ここから出入りできるのは、お偉いさんだけ。

今日は私達もお殿様です。

<玄関之間>の二間半の大床の壁には一面青海波。
P5162391
これは複製で、本物はしまわれてるそうですが、

本日は、運よく7年に一回の虫干しが行われてるそうです。

もしかしたら、実物を目にすることができるかもしれません

反時計回りに進みます。 右隣は、お役人さんの仕事場<御役所>、奥には<御用場>、二間続きです。

P5162392 P5162393

この二間、畳の縁が違います。 御役所では柄入りの上等な縁ですが、御用場は普通の縁です。

ガイドさんの説明で気づいた貴重な情報、随所に身分による待遇の違いが浮き彫りにされていきます。

このあたりからは、復元した建物に入ります。  上の地図の水色の部分です。

☟明かりも風も入るこの戸も、左の様に閉めてしまえば外からは開けられません。  

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畳の縁すらないお部屋は、<湯呑所>で、お供の方がここで休憩します。 鯉の形の自在鍵がなかなか優秀でした❢

奥に向かいます、塀で仕切られたその奥は、陣屋のトップ郡代が生活した場所です。

P5162399郡代さんは、ここからお庭を眺めてたそう。

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炉がきってありました。

灰の模様も青海波です。

はまったりいじったりする方もいて、

毎朝綺麗に模様を整えるそうですよ。

P5162403_2
小さな茶室<御囲い>が作られてます。 普通は外に作られますが、室内に…

奥が水屋です。

P5162402
高山の節句は旧暦、五月人形も今です。

ず~っと気になっていた、この釘隠し。 「真向きうさぎ」というそうです。

子供たくさん生む・火事から守る力を持つ、更に大きな耳で民衆の声を聞きよい政治を行う志を表現してるそうです。

P5162397 P5162404

そして更に気になるのが屋根です。  かわらではなく板葺き。  横から見ると綺麗な層になってます。

お尋ねすると、「あとでね…」とのこと。

P5162407☜ <女中部屋>には、雨戸もなく障子のみ。

寒かったでしょうねぇ~、本当に身分にキビシイ❢

写真撮ってませんが、玄関には二つ上がり口があります。

ご主人様専用と他のご家族などなど用。

勿論、用人用は更に別に…

台所も二箇所。

えらいさんのお食事をつくる台所は板の間ですが、

一般?用は、土間です。

徹底してますね、無駄の多いことsign03

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この土間で先程の屋根の説明がありました。

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今日は実演がありませんが、ここで「榑(くれ)作り」が紹介されているようです。

丸太を割って、長榑と半榑の二種類を作ってます。  そして束ねて…  大体1束で10万円だそう。

雨で痛むので、5年ごとに表・裏・手前・奥と、この板を差し替えて使うこと20年、そしてお取替えです。

保存を、修復を、というのは簡単ですが、技術に材料にお金と、問題は山積みです。

地図の右上から戻り、御役所の上のお部屋<大広間>に行きました。

なんと玄関の床の間の壁に張られていた本物の青海波を箱に収めてらっしゃいました。

ガイドさんのお声がけで見せていただくことができました。  麻布に描かれてるそうです。

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まだ綺麗な色の残ってるところもありますが、模様がはっきり分からなくなってるところが多いです。

私達は、拝見できて得した気分 notes notes

広間のお隣は<使者の間>で、駕籠が置かれてます。  草履履くことなく、室内までこれるんですね。

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そして<吟味所>には、<白州>  拷問の道具や唐丸駕籠が展示されてますが、ここでは使われません。

因みに右の抱き石は、1枚40kgあるそうです。

そしてテレビのお白州と違って、屋根があります、壁もあります。

更に高山では砂が取れないので、川の石が敷き詰められてます。 これだけでも十分痛いと思いますが…coldsweats02

陣屋敷地内には、仕事場と郡代の住まい以外に、元締め役宅や手代の役宅もあったそうです。

そして大きな米蔵が、1番から12番まであったとか。 そのうち8棟が残っており、いろんなものが展示されてました。

その屋根を見上げると、榑を表裏入れ替えたり差し替えたのがよく分かります。  そして屋根の作りも…☟

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以前来た事あった主人も、ガイドさんの説明に、「やはり素人が見て回るだけでは…」と感動。

P5162424_2ガイドさんに丁重にお礼を申し上げて、

陣屋を後にしました。

駐車場に戻ります。

途中、赤い<中橋>を見たくって…

更にこんなものにまで遭遇して…☟

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牡丹鍋もよさそうですが…

いよいよお宿へ、今宵の宿『飛騨亭 花扇』までは10分かかったでしょうか?

観光スポットから離れた住宅地のようなところにあり、ちょっと想像とは違ってました。

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コメント

 丁寧にご覧になられましたね。
 私までじっくり拝見することができて、
 とっても得した気分になりました(笑)
 どこへいってもガイドさんをお願いすることなく、
 通り一遍の見学が常ですが、
 いろいろなところで、いろいろなものを見落としてきたのかもしれないと反省。
 ご主人様ではないですが、感動ものですね。。
 

うつきよう様、時間制限があったりお仲間の顔ぶれが今一だったりすると、
御遠慮申し上げるのですが、今回はわれら二人のみ、途中で一人加わって3人。
「あれっ?」と思ったらすぐお尋ねできる非常に運のよいガイドツアーでした。
見ていても気づかないことが一杯ありました。
最近は地元のボランティアガイドさんがいてらっしゃるところが増え、ありがたいです。
ご縁があれば、活用させていただきたいと強く思いました。

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